阪神大震災から31年
もう、31年。遠い昔の事のように感じるけれど、一部の記憶は強烈に今も残っている。
当時は、小学校5年生で、垂水区に住んでいた。半年前に東灘区から引っ越したばかり。東灘区に住んでいた友達は、多くの人が避難生活をして大変だったと聞いた記憶がある。
ベッドから身体が浮くように突き上げられた揺れ。
揺れが落ち着いた後は、みんなでラジオが流れるリビングへ。
寒いなぁ、なんて思いながら、窓から見える鉢伏山と瀬戸内海を眺める。
灰色の空から、チラチラと舞って降ってくるものがあった。
雪だ!
と思ったのも束の間、それは灰だった。長田の方で大きな火災があったので、多分そこから舞ってきたものだろう。
祖父母は長田に住んでいたのだけど、電話は繋がらず、連絡が取れない。
家族4人で、車で垂水から長田へ向かう。
その時に見た光景は今でも忘れられない。大きなダメージを受けた阪神高速。平行四辺形のように傾いた多数の家。
理由は覚えていないけれど、祖父母の家まで車で行き着くことができず、行けるところまで車で行き、徒歩で向かう。ずっと、ガス臭い。
祖父母の無事を確認したところまでは覚えているけれど、その後のことはあまり覚えていない。
垂水の家は、幸いにも電気はその日中に復旧したけれど、ガスは2週間、水道は1ヶ月くらい復旧に時間がかかった。
今の当たり前は、当たり前じゃない。
自分が思っている普段の生活が、明日続く保証なんてどこにもない。
1ヶ月ほど経って、近所の公園の蛇口から水がドバドバ出た時の嬉しさは、なんとも言えない気持ちだった。あの感触は、今も残っている。